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吾平町黒羽子の「隠れ念仏洞穴」へ行く

前回のブログ「薩摩藩の暗黒史 ③隠れ念仏」を書いていたら、今から20年くらい前に、私の両親が吾平町(あいらちょう)上名(かんみょう)黒羽子(くろはね)地区にある「隠れ念仏洞穴」に行った話を思い出しました。

当時は案内標識が不十分であったので、苦労して駐車場までたどり着き、そこから山道に入り、草をかき分けながら、暗くて急な細い坂道を下ったそうです。道が悪く、イノシシが出ることがあるので、一人では危険で行けないと言われました。

それから約20年後の先月(2月)の寒い晴れた日に、一人で「隠れ念仏洞穴」に行ってきました。雑草が枯れた時期であるので、山道を歩きやすいと思ったからです。運動靴を履いて、杖にもなる護身用の軽い鍬と懐中電灯を持って行きました。

吾平町黒羽子の「隠れ念仏洞穴」については、ルートに関するネット情報が少ないので、以下に写真を付けて、「隠れ念仏洞穴」までの道程を書いておきます。

隠れ念仏①

写真1


吾平山陵に下る道の手前から、車で左折して橋を渡り、右手にある吾平物産館「つわぶき」を過ぎて、正面に見える黒羽子地区に上る道(写真1)に入り、道なりに進みます。


隠れ念仏②

写真2


T字路などには案内板(写真2)があるので、道に迷うことはありません。


隠れ念仏3

写真3


石塔がある所(写真3)から案内板の矢印通りに右折して、しばらく進むと行き止まりの直線道になります。

隠れ念仏④

写真4


直線道の舗装が終わると、右手に駐車場(写真4)があり、そこに車を置いて、そこから歩きです。

隠れ念仏⑤

写真5


駐車場の横の坂道に「隠れ念仏洞穴」の説明板(写真5)があり、そこから枯れ草が覆った坂道を10mくらい上ると、少し薄暗い山道に入ります。

隠れ念仏⑥

写真6


道幅が1.5mくらいあるほぼ平坦な山道を5分位歩くと、案内板と杖が置いてあり(写真6)、

隠れ念仏⑦

写真7


そこから急な下り坂(写真7)になります。

隠れ念仏⑧

写真8


狭いジグザグの山道を下まで降りて、幅1mくらいの窪地を越えて少し上ると、左手の崖下に「隠れ念仏洞穴」の白い説明板が小さく見えます(写真8)。

隠れ念仏⑨

写真9


坂を少し下ると、洞穴と説明板の所(写真9)に行き着きます。

隠れ念仏⑩

写真10


ここの「隠れ念仏洞穴」の説明板(写真10)には、隠れ念仏と洞穴について、写真5の説明板より詳しく書いてあります。

隠れ念仏11

写真11


狭い入口(写真11)から背を屈めて洞穴に入ると、右手に暗い空間があります。

隠れ念仏12

写真12


懐中電灯を点けると、2、3m先に岩の壁(写真12)があり、そこから左右に空洞があります。

隠れ念仏13

写真13



隠れ念仏14

写真14


左側の空洞をのぞくと、奥に石仏と南無阿弥陀仏と書かれた石碑などが見えます(写真13、14)。

ここならば、薩摩藩の役人に見つからないと思いました。一向宗の信者は、夜間に洞穴に集まったので、当時は道なき道を、しかも急斜面を、命がけで歩いてきたはずです。洞穴に入ると、当時の鬼気迫る真剣な様子がしのばれて、粛然たる思いに打たれました。

今は案内板が多いので、黒羽子の「隠れ念仏洞穴」に行き着くまでに、道に迷うことはないでしょう。しかし、案内板が不備な約20年前は、道に迷う人がいたようで、「案内板も設置せずに、吾平の人は何を考えているのか」と書いた落書きがあったそうです。
そこで当時、母が役場に行って、道に迷う人がいるので案内板を設置して欲しいと頼んだら、担当者から「たくさん来られては困るから、設置しなくていいのだ。」と言われて、呆れたそうです。これは昔の話で、今とは全く違います。

電気柵

写真15


今回は、幸いにもイノシシには出会いませんでしたが、駐車場の近くにある畑には電気柵(写真15)があったので、イノシシが出没する地域であることは確かなようです。なお、人と会うこともありませんでした。

冬場の晴れた日に、運動靴を履いて、懐中電灯を持って、黒羽子の「隠れ念仏洞穴」に行ったのは正解でした。安全のためには、複数の人と一緒に行かれることをお勧めします。
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テーマ: 鹿児島 | ジャンル: 地域情報

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