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大隅を訪れた西郷さん

南洲庵全景


南洲庵の説明板


過日、霧島ヶ丘公園にコスモスを見に行った時に、「西郷庵」という茶室があるのを知りました。そこの説明板によると、西郷さんは、狩猟をされに、幾度も大隅に来られたそうです。他の情報によると、うさぎ狩りだったようです。

父から聴いた話では、子供の頃(昭和の初期)に、大隅では動物、鳥、魚、蟹などをよく獲って食べていたそうです。貧しい生活の中での知恵と楽しみであったようです。昔は、野山や川に獲物がたくさんいたのでしょう。

西郷さんの大隅での宿泊場所としては、鹿児島湾に面した2ヶ所が広く知られています。南大隅町根占の雄川河口近くにある平瀬十助宅と、鹿屋市高須町の高須川河口近くにある田中吉右衛門宅です。鹿児島から船で行くには便利な場所です。

平瀬宅には、西郷さんが使った石風呂と手水鉢が残っています。

上原義史氏の「西郷隆盛翁と高須」(史論「大隅」第57号,2014年)によりますと、高須の田中宅でも西郷さんは石風呂(石の浴槽)に入ったと伝えられています。また、明治十年2月に、私学校生が弾薬庫を襲撃した際には、高須におられた西郷さんを迎えに、大きなくり船に西郷さんの弟も乗って来たそうです。

私学校事件の急報を西郷さんが聴いた場所は、根占、高山などの説があります。なお、私が最近読んでいる「守城の人 明治人柴五郎大勝の生涯」(光人社NF文庫、230頁)には、急報を「高山で好きな猟をしていた西郷のもとに弟の小吉がもたらした」と書いてあります。

西郷さんが大隅に来られた目的に、刺客から逃れるためとか、情報収集のためという説もあるそうです。

上原義史氏は、冒頭に書いた南洲庵に関して、田中吉右衛門宅は「昭和六十年頃の河川改修工事に伴い解体され、当時の建材の木材の一部が、霧島ヶ丘公園内の「南洲庵」(平成二年竣工)に使われています。西郷翁滞在当時の建物の「材木の一部」が使われているというだけで、間取りなどは異なります。」と書かれています。

「南洲庵」を歴史的な価値のある文化財として残すために、文化財保護の専門家に相談して、昔と同じ姿に再現してほしかった、できれば高須に建ててほしかったと、私は思いました。

郷土の英雄である西郷さんが、大隅に幾度も足を運ばれたということは嬉しい情報です。「西郷庵」の説明板には、体の大きな西郷さんが山野では敏捷に走駆されたことが紹介されています。その他に西郷さんの人物像や人となりに関して、大隅で伝えられている情報があれば知りたいです。ご存じの方は、教えて下さい。

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テーマ: 鹿児島 | ジャンル: 地域情報

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