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大人も子供も楽しめる「内之浦宇宙観測所」

一般には「内之浦ロケット発射基地」と呼ばれている宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「内之浦宇宙空間観測所」は、大隅半島の東端部に近い太平洋に面した海岸の山中にあります。以前の町名は内之浦町でしたが、2005年7月1日に高山(こうやま)町と合併して肝付(きもつき)町となりました。

「内之浦宇宙空間観測所」は、1970(昭和45)年にわが国初の人工衛星「おおすみ」を宇宙に送ったことで知られています。その後も、科学観測のためのロケットおよび衛星・探査機の打上げやデータ取得を行い、30個近くの衛星・探査機を宇宙に送り出してきました。

小惑星「イトカワ」表面から微粒子を採取した小惑星探査機「はやぶさ」も、ここから打上げられました。地球と60億キロ離れた小惑星との往復ミッションをこなし、数々のトラブルを乗り越えて無事帰還した「はやぶさ」の感動的な話は、4本の映画にもなりました。

なお、同じ鹿児島県にある「種子島宇宙センター」では、実用ロケットを打ち上げています。

ロケット発射基地は平坦な場所にあると考えがちですが、ここは丘というか山というか、起伏の激しい地形です。
ロケット発射実験場を建設するために、太平洋側の全国を歩き回り、この地を選定したのは、ペンシルロケットの開発・実験で有名で、日本の宇宙開発の父と言われる糸川英夫博士です。

以下に示す資料「糸川英夫の軌跡」によりますと、

山頂を削って台地とし、そこから出た土で道路を作るという、奇想天外な構想


でした。この観測所内の各施設に通じる道の分岐点に、糸川博士の銅像があります。


糸川英夫資料

糸川英夫の軌跡(観測所の門衛所でいただいた資料)

上記の資料「糸川英夫の軌跡」の発行場所(右下)を見ていただければ分かりますが、糸川博士は今でも地元の人々に慕われています。この資料から引用しますと、

糸川は、宇宙開発に奔走する一方で、観測所の整備とともに地元の発展を常に考えていた。ロケット輸送に陸路を使用していたのは道路整備が進むことを、実験班宿舎を建設しなかったのも地元が潤うことを期待してのことだった。事実、それまで「陸の孤島」と呼ばれていた未舗装だった道路は拡幅・舗装され、民宿や飲食店が新たに営まれるようになった。

世界でも、内之浦ほど住民との交流が深い発射基地はない。


内之浦住民の糸川の構想への理解と協力にも頭が下がります。

鹿屋市に海上自衛隊「鹿屋航空基地」や国立ハンセン病療養所「星塚敬愛園」を誘致した永田良吉は、大隅の活性化と発展のために、景気や時代環境により閉鎖しやすい民間企業より、永続性のある「国の施設」の誘致に力を入れました。その考えが正しかったことが、内之浦の「内之浦宇宙空間観測所」でも裏付けられていると思います。

固い内容の前置きが長くなりましたが、ここが子供も大人も「楽しめる施設」である一端を、以下にご紹介します。


観測所入場口にある門衛所で受付をすれば、分散している施設のほとんどが見学できます。最初、どこも重要施設であるため近寄れないだろうと思いましたが、意外にも、以下の施設配置図に番号が付けてある場所を車で回れます。屋外に展示されているロケットを手で触れることもでき、施設にもかなり近寄れます。

内之浦JAXA配置図

施設配置図

パラボラアンテナやロケット発射装置などの施設だけでなく、屋外に展示してあるロケットも大きくて、それらを見ると、日常とは違う”異空間”に来たような気分になります。起伏が激しい地形であるため、施設巡りが探検旅行のようにも思えて、各場所では色々な景色が楽しめます。

ロケットと発射台

屋外展示ロケットと発射装置

最も高い「衛星ヶ丘(ほしがおか)展望台」からは、施設の全景と太平洋が見渡せます。天気が良い日には、種子島や屋久島が遠望できるそうです。帰りの坂道から見える内之浦湾の景色も素晴らしいです。

衛星ヶ丘展望台からの眺め

衛星ヶ丘展望台からの眺め

観測所入場口の近くにある「宇宙科学資料館」には衛星や各種装置の実物や模型がたくさん展示されていて、宇宙マニア・宇宙好きには見逃せない場所です。

無料で、施設見学と絶景見物ができる「内之浦宇宙空間観測所」は、子供も大人も楽しめる宇宙科学博物館でもあり、観光名所でもあります。

また、街中の料理店では、内之浦湾で獲れた新鮮な魚介類を調理して出しています。その美味も忘れられません。






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テーマ: 鹿児島 | ジャンル: 地域情報

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