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黒羽子の「隠れ念仏洞穴」を再訪して知ったこと

 先日、知人に誘われて5名で吾平町黒羽子地区の橋ヶ谷にある「隠れ念仏洞穴」に行きました。
 実は、2年前に身内の者に一人で行くには危ない所だと驚かせられながら、どうしても現場を見てみたくて、恐る恐る急いで一人で行きました。その時に「吾平町黒羽子の「隠れ念仏洞穴」へ行く」と題して
ブログを書きました。

 今回は人数も多く、地元の人が案内してくれたので、気持ちにも余裕ができたためか、以下のような5つの初めて知ったり、気付いたことがあり、有難い体験となりました。

1 地元の人達が年に4回山道を整備している。
 山道には倒木、枝、大きな石がなく、歩きやすい。黒羽子地区の方々の奉仕活動に感謝ます。

隠れ念仏2_800KB

2 亀裂の多い岩からなる崖下に洞穴がある。
 崖の岩には亀裂が多いので、雨水が柔らかい岩を洗い流して洞穴ができた可能性が高いと思いました。鹿児島市花尾町にある花尾隠れ念仏洞穴(大きな亀裂のある崖の下にある)の成因と同じかもしれないです。

隠れ念仏5_800KB

3 洞穴の入口近くに腰掛けのような丸太がある。

 説明板には「火皿を置く台であったかもしれない丸太」と書かれていました。案内の人に言われて、初めてその丸太の存在に気付きました。
洞穴内の丸太_800KB

4 洞穴内部の岩や地面は濡れている所が多い。
 泥でぬかるんでいる所もあるので、長靴を履いていると安心です。地表から岩の亀裂を通して雨水が浸み込んでくるためでしょう。
隠れ念仏8

5 洞穴の回りの岩は柔らかい凝灰岩か角礫凝灰岩である。
 火山灰が固まった凝灰岩は比較的柔らかく、特に濡れている凝灰岩は手で削れるほど柔らかいです。天井部分には、人が丸く人が掘ったような浅い穴があります(下記写真)。壁にリックサックや衣服が触れると柔らかい岩の汚れが付きます。

隠れ念仏9_800KB

 薩摩藩では廃仏毀釈の約270年前の1597年から、一向宗(浄土真宗)を、約300年間も禁制にしていました。摘発された信者には、財産没収、士籍剥奪、流刑、拷問・酷刑、斬罪、切腹などの刑罰が与えられました。なぜ、この恐怖政治を恐れず、長く信仰を続けたのか、今後その背景や理由を知りたいと思いました。

 最近、知人からの情報で、一向宗(浄土真宗)には他の宗派と違って戒律がないため、罪人や遊女、肉(魚)、狩猟、漁、殺生に関わる人も救済の対象にできたことを知りました。
 当時、世間で虐げられ、賤しめられた人々にとって、唯一すがることができたのが一向宗であったことと、「隠れ念仏」が関係していたのかもしれません。
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テーマ: 体験談 | ジャンル: その他

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