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国司祭に参列して思うこと

久し振りに鹿屋市永野田の国司祭に参列しました(11月17日)。
国司塚は鹿屋市永野田の永田家が千年以上、毎年実施している由緒ある行事です。
国司塚説明文_640KB

国司塚祭合体1

永田家の現当主、二人の息子、二人の孫の三世代が参加しました。その他に、町内会長を含めて、4人が加わりました。
国司塚祭合体3

昔は説明板にあるように、月の明かりの下で朝日が出るまで、声を出さないで祝詞を黙読したそうです。子供の頃から参列していた父からも聴きました。

今の神主により、一部は現代風にアレンジされて、黙読ではなく、音読されています。祭祀の時間は30分程度です。
また、36本の紙幣とは別に、一番奥の中央部に永田良吉を祀る長めの紙幣が立てられています。

国司塚祭合体2

神主が祝詞の他に、横笛演奏をしたり、また参列者も一緒に和歌を歌うなど、おごそかであり退屈しない独特の祭祀です。また、神主が要所要所で解説をされて、参列者の理解を助けておられます。
国司塚祭合体4

私は千年を超える地域祭事の意味することを重く受け止めています。
永野田の人はこの塚の神を敬い、地域と住民を守っていただいていると信じています。永田家出身の父もその兄弟も同じでした。
父と父の兄は戦時中は飛行機に乗っていましたが、奇跡的に生還し、一族や近所の人達を驚かせたそうです。それも、この神様のおかげと信じていました。

この地域の守り神は、人を謙虚にさせ、利他の精神と集落の団結力を育む教育者的役割も担ってきたに違いありません。明文化された主義思想というものではないですが、伝承に基づく信心には、大きな意味があるはずです。

飛躍しすぎかもしれませんが、私は一人の人生で考え出した”思想”は、思い込みにより偏っていて、実生活から遊離し観念的になりやすいと思っています。例えば、共産主義や実存主義などより、未開民族の伝統的な行動や思考に発想の源をおく構造主義の方が、集団の長い生活史のスクリーニングを経ているためか、受け容れやすいことを実感しています。1,200年間続いてきた国司祭の重みの由来も、構造主義に通じていると思います。

今回、千年以上続いてきた国司祭の意味と重みを考えさせられました。
そして、あらためて神話、伝統文化、地域信仰などの役割と意味を見直す必要があると思いました。
この国司祭が永続することを願っています。
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テーマ: 体験談 | ジャンル: その他

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