fc2ブログ

「ニューノーマル」について

 私が二十代の頃からお付き合いしているの大学の先生から、退官後も時折、メールをいただいています。
 先日いただいたメールに、”今年の被害の大きい地震・台風、酷暑は、今年に限った現象ではなく、よく言う「ニューノーマル」な状態なのかもしれません。”と書いてありました。
 さらに「ニューノーマルな状況には、速やかに対応する必要があります。国土の強靭さとか、安全な社会とか、快適な生活とか、将来のあるべき姿を、シッカリ考え直しておきたいですね。」とありました。

大津波3_11

 今回、私が初めて知った言葉「ニューノーマル」は、もともとは経済用語のようですが、良い言葉があるものだと感心しました。

 一般的には、特異な現象があると、一時的な異常とみなしがちです。しかし、それが恒常的な現象になることもあり、それをいち早く気づき、「ニューノーマル」と言い始める先覚者がいます。
 しかし、どの分野でも「ニューノーマル」の気付きが、定説になるには、時間がかかります。


 個人的なニューノーマル体験としては、以下のことが思い出されます。

①昭和58年(1983年)ころに、女性がスポーツ新聞を見ているのを初めて見て、衝撃を受けたことがあります。今ではノーマルなことですが。私が古い固定観念を持っていたためでしょう。

②昭和60年(1985年)ころから、職場に躁鬱病の部下が増え始め、社内にその対応部署がなく、その後十年間くらい、彼らとの付き合いに四苦八苦した経験があります。それから世の中一般に、躁鬱病になる方が多くなりました。その後、社内に心のケアーを担当する部署ができました。

③平成8年(1996年)ころに、社内一部門の営業技術(品質管理)の責任者となりました。納期を早め販売成績を上げることしか考えない営業部門からの圧力で、品質データーの改ざんが日常茶飯事であったのを、あの手この手で阻止しようとして反発を受けました。しかし、根気強く推し進めたら、データ改ざん問題のマスコミ報道が増えたこともあって、担当部門のデーター改ざんが激減して、ニューノーマルとなりました。


 歴史や思想の新しい切り口や見かたの提示も「ニューノーマル」の一種でありましょう。こちらの方が格が上で、非凡な才能の人しかできないことです。今思い出すのは以下の人と言葉です。

④内藤湖南「だいたい今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要はほとんどありませぬ。応仁の乱以後の歴史を知っていおったらそれでたくさんです。それ以前のことは外国の歴史と同じくらいにしか感ぜられませぬが、応仁の乱以後はわれわれの真の身体骨肉に直接触れた歴史であって、これを本当に知っていれば、それで日本歴史は十分だと言っていいのであります。」(応仁の乱について)

⑤レヴィ=ストロース「人類学者は、なりゆきにまかせること、それぞれの社会の内的論理に従うことを望むのです。そして内的論理に従うことによって、存続可能な家族、社会構造が生み出されること、習慣というものによって構造の矛盾が解決不可能なものかどうかが明らかにされ、除去されていくことを望むのです。」(レヴィ=ストロース講義)

⑥私の知人「縄文時代から同じであった日本人共通の考え方、生活様式が、農業人口が激減した昭和時代に変わった。そのため、昔を知る老人が生きている間に、その体験談を集めたい。」(表現は不正確です。学者の説の受け売りかもしれません)


レヴィ=ストロース講義

 「ニューノーマル」という言葉から、色々と考えさせられました。この言葉を気にかけていると、ボケにくくなるような気がします。

関連記事
スポンサーサイト



テーマ: 体験談 | ジャンル: その他

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する