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昭和26年創立の「大隅史談会」

鹿児島県は、島を除くと鹿児島湾を挟んで薩摩地方と大隅地方に区分されます。東側にある大隅地方の歴史や文化を未来に伝えようと、史跡探訪、文化財保存、研究などの取り組みをしている民間団体の「大隅史談会」があります。

創立されたのが昭和26年(1951年)です。そして『大隅史談会誌』の名で史論集が創刊されたのが、昭和29年(1954年)です。第三号から『大隅』という名称になり、現在まで続いています。なお、第三号の「大隅」という楷書を揮毫されたのは、高名な歴史学者の平泉澄・東大名誉教授です。

大隅第1-3号連結

創刊の詞にもありますが、大隅地方は古代には繁栄した先進地でしたが、その後に景行天皇、大伴旅人、島津氏による三度の討伐で長期にわたり被征服地となりました。創刊には、その口惜しさをバネに、古代に栄えた文化の花をもう一度咲かせようとする強い意気込みが感じられます。

66年間一度も途絶えることなく、史論集『大隅』を発行してきたのには、会長をはじめとする役員の尋常ではないご苦労がありました。元会長の松下高明氏は、同氏のブログに以下のようなご苦労話を書かれています。

『では何を運営資金とするのかというと会誌『大隅』の売り上げなのである。俗に言う「自転車操業」というやつである。
しかし会員200名のすべての人が購入するわけではなく、年にもよるが100名から150名(100冊から150冊)であり、単純に計算すると年間売り上げは20万から30万であった。
「自分で原稿をパソコンで打ち込み、おたくに製本だけお願いしたら、安くなるのでは」と掛け合い、半額の840円(800円プラス消費税5パーセント)で可能となり、250部が20万で済むようになった。』

その後、更に、大隅史談会の広報と購読者の増加のために、『「月例会」を57号の頃(平成26年度)から始めた。月1回の日曜日の午後、主として会誌に投稿してもらった人の話を聴くという学習会だが、一回に二人の講師を頼み、それぞれ4000~5000円を謝礼として支払うことができた。』
歴代の会長を中心に、創刊時の決意を継承して、歯を食いしばるような努力が続けられてきたことがわかります。


昨年、ポータルサイト「ぐるっとおおすみ」内に、大隅史談会のホームページができました。

ホームページTOP

このホームページ内にあるページ『史論集「大隅」』には、各号に掲載された論考のタイトルと投稿者が載っています。それを見ると、古代から近現代までの大隅地方の歴史、文化、習俗などに関する広範な内容について、多くの投稿者が書いていることに驚かされます。

投稿者の多くは大隅の人ですが、鹿児島県以外の国内や海外の人もいます。また、九州大学名誉教授の秀村選造先生や、次々と新しい古代史像を提示されている内倉武久氏も投稿されています。

3年前からは、俳句と短歌も載るようになりました。

大隅3冊_700KB

来月の20日に発行予定の「『大隅』(第64号)2021年発行」のタイトルと投稿者は、以下の通りで、興味ある内容が多いです。


一  大隅半島遺跡における開聞岳起源の火山灰について   中 村 耕 治
二  前方後円墳の起源                        武 田 悦 孝
三  熊曽於族・継体は朝倉市に都していた             内 倉 武 久 
四  古代人の名前の付け方から歴史を推定する          大 野 文 明
五  『酒呑童子』と右田家蔵「絵巻物」の謎             右 田 守 男
六  「梅北の乱」の謎                          新 留 俊 幸
七  甑島の一向宗禁制史                        橋 口  滿     
      ―植村喜平太の叛乱―
八  神木                                 竹之井  敏  
九  石碑から見る大隅の歴史  ―その三―             瀬 角 龍 平
    一、疎水・開田の記録
     ・入部兼吉頌徳紀年碑(大崎町野方)
     ・水路紀年碑開渠來歴(南大隅町根占)
    二、鎮魂
     ・安庭貞温大人之墓(肝付町高山)
     ・正矢勝武斯男命之墓(肝付町高山)
     ・日高藪仙(正業)燈明台(肝付町高山)
     ・村上家先祖累代墓(南大隅町佐多)
     ・郡の禰寝氏四代の墓表(南大隅町佐多)
    三、顕彰碑
     ・謝恩記(東串良)
     ・東風泊漁港開拓之碑(肝付町高山)   
十  久光の影武者
     久木山泰藏行達列伝(前編)                  橋 口  滿  
十一 泊州和尚略伝                            上 園 正 人
十二 五代友厚公の銅像を巡りて                    渡 口 行 雄
十三 永田良吉の随想風回顧録について               朝 倉 悦 郎
十四 進駐軍管理下の日本軍爆弾集積所の爆発          小手川 清 隆                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
十五 町指定文化財道隆寺の清掃について              福 谷  平 
十六 俳句                                   たるみず俳句講座 
十七 短歌(1)                                 肝付町短歌会
十八 短歌(2)  華                                                  短歌会鹿屋・曽於支部
十九 令和二年度「現地研修」の報告                   朝 倉 悦 郎
二十 郷土史家:故江口主計氏を惜しんで  追悼文          窪 田 照 夫
二十一 故江口主計先生へ                         松 下 高 明
二十二 大隅史談会からの御案内                    大隅史談会 
       『投馬国』と『神武東征』が出版    

史論集『大隅』の購入方法は、ホームページ内の「大隅史談会について」の「2 入会案内」をご覧ください。なお、在庫の有無は、前記のホームページ内にあるページ『史論集「大隅」』でご確認ください。



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テーマ: 鹿児島 | ジャンル: 地域情報

筋肉量が多いと美肌に!

NHKの番組「偉人たちの健康診断」(BSプレミアム 毎週木曜 午後11時45分)で土方歳三の健康法を取り上げていました。彼は女性もうらやむほどの美肌だったとのこと。土方は武術の鍛錬に励んで、人並外れた体幹と下半身の筋肉を鍛え上げており、それが美肌の源だそうです。

  土方歳三 

その根拠となるのは、ポーラ化成の研究で、ヒトは自らの筋肉でシミ抑制物質を作り出すことがわかりました。
「最先端テクノロジーを用いたゲノム研究(GWAS)により、シミができない体質の人は、生まれつき筋肉の性質が異なる可能性があること、また、体重あたりの体幹と下半身の総筋肉量が多い人ほど、顔のシミが少ないという事実を明らかにしました。
身体の筋肉と顔のシミとの関係について、血液成分の解析と培養皮膚細胞を用いた検証を行ったところ、筋肉で作られる「マイオネクチン」という物質が血液成分として皮膚に運ばれ、シミのもとであるメラニンの生成を抑えていることが示唆されました。ヒトは自らの筋肉でシミ抑制物質を作り出していたのです。
さらに、体の筋肉量が多いほど、シワ、毛穴の目立ち、色ムラなどが少ないことも明らかになったことから、筋肉は様々な美肌作用を秘めている可能性が示唆されました。」


筋肉量と美肌


筋肉が美肌を作る仕組み

また、武術の呼吸法で感情を抑えることが肌の水分を保ち、美肌につながっている可能性があるそうです。その理屈は以下の通りです。
「感情が荒ぶると、体内にはコルチゾールというホルモンが分泌されます。
最近の研究で、コルチゾールが増えることで肌の水分を保持するセラミドを破壊する物質が活性化することがわかってきたのです。
感情を抑えることが美肌につながるということなのです。」

美肌になるには、筋肉を鍛え、怒らず感情を抑えるのがコツのようです。なお、激しい運動をすると活性酸素が発生して老化が進みやすくなるので、番組では適度な運動法を紹介していました。
「まずは、ベッドでゴロゴロしてストレッチを行い、代謝を上げることです。
運動するとマイオネクチンというホルモンが分泌されるのです。腹筋、体側、太もものベッドでゴロゴロストレッチが紹介されてます。」

新型コロナによる自粛期間中に、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんが、運動不足対策として、スクワットを勧めていました。スクワットは筋肉が多い脚の運動であるので、効率が良い運動になると話しているのを聴いて、私も自己流のスクワットを始めました。美肌効果もあるでしょう。

鎌田實医師

なお、鎌田医師の「鎌田式スーパースクワット(1日5~10回×1日3セット)」は、以下の通りです。
(1)両足を肩幅の広さで立ち、手を胸の前で組む。
(2)手を胸の前で組んだまま、膝がつま先より前に出ないように気をつけながら、太ももと床が平行になるまで下げる。つま先を少し外に開くと楽になる。同時に骨盤底筋を5秒締める(肛門をおなかのほうに引き込む感じ)。お尻を後ろに突き出すようにして曲げる。
(3)お尻を5cm上げて5秒数える。これをさらに3回繰り返し、その都度5cmずつ上げる。5cm上げるたびに骨盤底筋を緩める・締めるを交互にする。このスクワットでは息をゆっくり吸ったり吐いたりする。
(4)ゆっくりと1の状態に戻る。
動画もあります。

私は毎朝、スクワットをしているので、いつかは美肌ジジイになれるのか?