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「地質学の巨人 都城秋穂」から知る日本の闇と一流の仕事

世界的に有名な地質学者の都城秋穂(みやしろあきほ)・米ニューヨーク州立大名誉教授が、2008年7月22日、米国ニューヨーク州オルバニー市郊外のサッチャー公園内の小道を散歩中に足を滑らせて崖から転落し、87年の生涯を終えました。彼のパソコンの中に、膨大な文章が残されていて、「地質学の巨人 都城秋穂の生涯」(東信堂)として刊行され始めましたが、第2巻で止まっています。

私は学生時代に地質学を専攻したので、都城の偉大な業績や、学者仲間に迫害されて米国に研究亡命したことを知っていました。若いころに彼は、同一組成(Al2SiO5)でありながら温度圧力条件によって3種類の鉱物が出現することを論理的に推測し、20年後に高温高圧実験で証明されました。この研究手法は、世界の研究者に影響を与えました。
化学熱力学を駆使した彼の名著と言われる「変成岩と変成帯」も持っていましたが、私の能力では十分に理解できませんでした。

以下に、「地質学の巨人 都城秋穂」に関連する3つの話題を紹介します。

1 第1巻 都城の歩んだ道:自伝

都城の顔と本

私は、「第1巻 都城の歩んだ道:自伝」を読み、戦前の帝大での閉鎖的、抑圧的な学者の世界と都城の学者としての苦難の歩みを知り衝撃を受けました。学者の世界では珍しく、ここまで書いていいのかと思うような、内情暴露的な具体的な記述が多くあって、迫力のある内容でした。しかし、彼の真実が書かれていることが、私に圧倒的な力で迫ってきたと言うべきでしょう。
今でも高名な学者の偏狭な性格や行動も書かれていて、週刊誌を読むように読みふけりました。都城の恩師である坪井誠太郎教授が、図書室にあった海外の書籍を独占して、助手の都城に貸さなかったなどのいじめに近いエピソードは、今でも覚えています。

今では内容の詳細を忘れましたが、読んだ当時、この孤高の天才学者から学ぶべきことは無数にあると思った本でした。


2 日本でのプレートテクトニクスの拒絶

最近、泊 次郎 (著)「プレートテクトニクスの拒絶と受容―戦後日本の地球科学史」(東京大学出版会)を読みました。今では常識となった地球物理学の考え方であるプレートテクトニクスが、日本では10年以上遅れて受容された原因を探ると、当時の地質学分野を牛耳っていた地学団体研究会すなわち“地団研”による共産主義イデオロギー「歴史法則主義」に、学問が支配されていたためであるということでした。
地質学を、事実を素直に見て考察しないで、観念的イデオロギーで解釈するエセ科学にしたのです。“地団研”の影響は、少なくとも1985年まで日本の地質学会には残っていたという指摘には驚くばかりです。

プレートニクス理論の実証と啓蒙に貢献した「地質学の巨人 都城秋穂」は、“地団研”の学者たちに排斥されて、米国に研究亡命したと言われています。


3 都城秋穂の弟子であった上司のこと


最後に、私の会社員時代に、東大で都城秋穂の指導を受けた上司が居ました。その人は「仕事の巨人」と言うべき、仰ぎ見る上司でした。前人未到の業績を次から次へと出す人でした。

その上司から学んだことは多いが、最も重要であると思うのは、「仕事の進め方」でした。よく調べ、よく考え、相手にわかるように表現することを重視されました。「仕事の進め方」で鍵となるのは、合理的で説得力のある「仕事のストーリーづくり」でした。それにより無駄のない作業と経費で成果を出すことに繋がるために、事前の検討に時間をかけることを何よりも大切にされていました。そして、それを仕組みとして残すように、研究計画書の書き方を何度も改訂され、機会あるたびに一人ひとりに具体的な事例で指導されていました。これらの体験から、時間をかけて議論したり、文章にして何度も見直さないと、真の意味で深く考えたことにならないことを学ぶことができました。

私の会社員生活を振り返ると、作業内容の指示をする上司は多かったが、普遍性のある合理的な仕事の仕方を、しかも原則までも教えてくださった上司はこの人ひとりでした。このような素晴らしい上司とめぐり会えた幸運を深く感謝しています。

この上司が上記のような仕事の仕方の原則を、どのようにして身につけられたかを知りたくて、打ち解けた雰囲気のときに、ご本人に尋ねたことがあります。そして驚いたのは、大学生時代に根幹となることに気付いて、自分のものにされたことでした。

上司は、「大学時代に膨大な実験をしてデータをたくさん持っていたが、発表するときにストーリーを語れなかった苦い経験があり、反省した」と言われました。恐らく、卒業論文か修士論文の時のことでしょう。当時の東大での指導教官は、少壮の都城秋穂博士でした。著書や発言から、都城博士は仮説づくりや研究ストーリーづくりを重視されていたことがうかがえます。私の上司はその恩師の影響を強く受けられたはずです。
この学生時代の反省が、会社に入ってからの上司の仕事に活かされていたのです。

一流の仕事の仕方の原則は、分野を問わず、同じであることを二人の巨人から学ぶことができました。

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テーマ: 読んだ本 | ジャンル: 本・雑誌