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「社会心理学講義」が教える集団と個人を支配する深層ルール

ナンバーワンのビジネス書

ライフネット生命創業者・出口治明氏が、昨年6月に、上記のように昨年の“ナンバー1”ビジネス書はこれだと書いていたので、読んでみました。小坂井敏晶・パリ第八大学准教授による『社会心理学講義』です。

ウィキペディアによると、現在において社会心理学とは「社会における個人の心理学」と見なされている、そうです。私は初めて知りました。

この本は、社会と人間との関わりの心理学的な論考、あるいは哲学的考察と思われ、深く掘り下げられた内容の文章に啓発されました。固い内容でありながら、緊張感をもって、最後まで読み進められました。

今回もこの本から、私がスゴイとうなった(掘り下げが深い)と思った文章の一部を引用します。固い内容で少し長いですが、ご容赦を。

「ハイエク が 説い た よう に 社会 は 人間 から 遊離 し て 自律 運動 する から です。 社会制度 を 正当 化 する ため に 我々 が 持ち出す 根拠 と、 制度 が 機能 する 本当 の 理由 は 違い ます。 制度 の 真 の 姿 が 人間 に 隠蔽 さ れる おかげ で、 社会 が 維持 さ れる。 こう 議論 し て き まし た。 個人 心理 も 同様 です。 様々 な メカニズム を通して 虚構 が 生み出さ れ、 それ が 我々 の 主体性 や 同一性 の 感覚 を 可能 に する。 合理性 とは 別 の、 心 の 論理 と 社会 の 論理 に したがっ て 人間 は 生き て いる。 社会心理学 の 役割 が おぼろ げ ながら 見え て き た でしょ う か。  
開か れ た 社会 という スローガン には 誰 でも 賛成 し ます。 しかし、 その 意味 を 我々 は 本当に わかっ て いる でしょ う か。 開か れ た 系 として 社会 を 理解 する とは 同時に、 普遍的 価値 の 定立 が 不可能 だ と 認める こと です。 殺人 や 強姦 の 禁止 なども 含め て、 すべて が 相対 化 さ れる。 たった 一つ でも 普遍的 価値 が 存在 すれ ば、 それ は 閉ざさ れ た 社会 です。
社会 に 生まれる 逸脱 の 正否 を、 社会 に 内在 する 論理 では 決定 でき ない。 社会 を破壊 する 異質 な 論理 が 社会 の 真っ直中 から 生まれ て くる。 外部 から 異文化 が もたらさ れ なく とも、 社会 が 自ら 異質 性 を 産出 する。 他者 は 我々 自身 の 中 に 潜ん で いる。 時間 が 存在 し、 歴史 が 可能 なのも、 世界 が 閉じ て い ない から です。 真理・偶然・一回 性・超越・意味・集団 性、 結局 は 同じ こと を 指す。 開か れ た 社会 という パラダイム の 射程 が 伝わっ た でしょ う か。」

私なりに要約すると、開かれた社会では、人の心にも社会にも、合理的でない虚構(一人合点、思い込み、妄想など)の論理が支配し、意外にもそれにより主体性や同一性が自覚できる。また、人も社会も、外から異質な刺激が来なくても、それ自身の中から新しい異質な芽が出てくる、ということか。
 

「確信 における 他者 の 役割 を ハンナ・アーレント は 強調 し ます。 判断 の 力 は、 想像 の 中 で 他者 と 取り持つ 同意 に 支え られる。 そこ で 生ずる 思考 の プロセス は、 理性的 推論 の 場合 の よう な、 私 と 私 自身 との 対話 では ない。 私 が たった 独り で 決断 し なけれ ば なら ない 場合 でも、 それ は 常に、 そして 先ず 何 よりも、 後ほど 同意 し なけれ ば なら ない 他者 との コミュニケーション で ある。 この 想像 上 の 同意 なし に、 判断 の 正し さは 得 られ ない。

私なりに要約すると、人は頭の中で他者の同意を得ることにより、判断の正しさの確信がえられるので、自分一人で決めた決断であるとうぬぼれてはいけない、ということか。


「母親 が 悟り を 開い た のは、 生き と し 生ける もの には 必ず 死 が 訪れる という 事実を 知っ た からでは ない。 そんな こと は 初め から 彼女 にも わかっ て い ます。 事実 から 確信 への 論理 飛躍 が そこ に ある。 子供 の 死 に際して、 子供 を 復活 さ せよ う と する 努力 そのもの が、 母親 の 苦しみ の 原因 でし た。 つまり 求め て いる「 解決」 こそ が、 まさに 彼女 の 問題 だっ た。 その「 解決」 を 放棄 し た 時、 同時に 彼女 は 問題 から 解放 さ れ、 救わ れ ます。 メタ レベル に 視野 を 広げ て 初めて 問題 の 根 が 見える。 しかし その ため には、 今 閉じ込め られ て いる 論理 の 外 に 出る 必要 が あり ます。 仏陀 の 出し た 条件 を 満たそ う と 自分自身 で 何度 も 試み て 失敗 し なけれ ば、 諦念 に 辿り 着け なかっ た。 しかし、 それ だけでは 悟り に 至ら ない。   行為 や 判断 の 理由 説明 は、 所属 社会 に 流布 する 世界観 の 投影 を 意味 する と 第 3 講 で 述べ まし た。 我々 は 個人 で 判断 する のでは ない。 集団 的 に 生み出さ れる 枠組み や カテゴリー を通して 世界 の 出来事 を 理解 し ます。 死ん だ 子供 を 諦め た のは、村人 との コミュニケーション を通して 集団 的 価値 を 母親 が 受け 容れ られ た から です。

私なりに要約すると、苦しみは社会の価値観を受け容れる広い心があると解消する。拡大解釈すると、人の適正な判断は個人でできないため、他人の意見を聴かない人は、偏った視点を変えられず、社会から変わり者として受け容れられないばかりか、自分の苦しみからも抜け出せない、ということになるか。


「米国 人 の 大半 は 豚 や 牛 などの 臓物 を 食べる 習慣 が ない。 どう し たら 食生活 を 変更 し て、 これら 食材 を 捨て ず に 利用 できる でしょ う か。 レヴィン は 二 種類 の 影響 方法 を 比較 し まし た。 第一 の 条件 では、 牛 の 心臓・胃・腎臓 に 含ま れる ビタミン や 無機質 などの 大切 さを 強調 する とともに、 内臓 の 触感・見た目・臭い の 違和感 を 緩和 する ため の 調理 方法 を 指導 し まし た。 第二 の 条件 では、 この 説明 に 加え て、 臓物 の 食品 利用 をめぐって 参加 者 全員 で 討議 し て もらっ た。 そして 討議 の 最後 に、 臓物料理 を 家庭 で 試す か どう か について 挙手 による 態度 表明 を 行わ せ まし た。   栄養素 と 調理 に関する 説明 を 専門家 から 受け た だけの グループ( 第一 条件) では、臓物料理 を 家庭 で 食べ た 人 の 割合 は 三 パーセント に すぎ ませ ん でし た。 対し て、 集団 討議 を 行っ た グループ( 第二 条件) では 三 二 パーセント に 上り まし た。   この 違い を レヴィン は 主 に 二つ の 原因 に 帰し ます。 挙手 による 態度 表明 を 他 の メンバー に対して 行っ た グループ では 問題 をより 真剣 に 考える だけで なく、 誓約 し た よう な 心理 状態 が 生まれる。 また、 討議 を 経る こと で、 何人 かの 参加 者 が それぞれ 個別 に 意見 を 変える のでは なく、 集団 自体 の 規範 が 変化 する。 この 点 は 重要 です。 テレビ・ラジオ・新聞 雑誌 など マスメディア による 影響力 は 各人 に対して 個別 的 に 行使 さ れる ため、 影響 を 受け て 態度 や 行動 が 変化 し ても、 すぐ に 周囲 の 影響力 によって 元 の 状態 に 引き戻さ れ て しまう。 したがって 個人 を ターゲット に する のでは なく、 集団 全体 の 社会 規範 を 変化 さ せ ない と 影響力 は 長続き し ない。 各人 を 別々 に 考える のでは なく、 集団 に 属す 人々 の 相互 関係 を 考慮 する 必要 が ありあり ます。」

私なりに要約すると、討議を経ると、集団の考えがまとまり、その影響が長続きする。議論を避ける集団は守るべき方針が定まらず、成果が出ないで衰退することにもなりうる、ということになるか。


社会や集団の中でこそ、人は出来事を理解でき、判断でき、個人的な悩みを解消できる。また、集団の討議により規範を変えると、その影響が持続するという、個人と人間の集団の判断や行動には多くの隠されたメカニズムがあることを、この本から学びました。特に組織に属する人には有益な情報が得られる本であると思いました。

その他の分野についても、引用したい文章がありますが、あまりにも長すぎるので、今回はこれでやめます。


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