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大隅半島の平らな山と火山活動

平らな山というと、源平合戦で有名な四国にある国立公園の「屋島」を思い出します。屋島は、溶岩が水平に流れ出してできた溶岩台地で、この地形は「メサ」と呼ばれています。

屋島(100KB)

四国の屋島



関東から大隅に来て、まず「メサ」のような地形の山が目につき、不思議な気持ちになりました。もちろん、見る方向によって山の形は変わりますが、高さが低くなる山の周囲は、どの方向からでもほぼ平らに見えることが多いです。

大隅の平らな山(549KB)

大隅半島の台地のような山




平らになった原因は、以前にこのブログで紹介した「荒平石」と同じ溶結凝灰岩が覆った所のようです。

大隅の「メサ」地形ができた機構を、火山学者の調査報告をもとに、探ってみました。その調査報告は、荒牧重雄・宇井忠英「阿多火砕流と阿多カルデラ」(地質学雑誌、第72巻、第7号、337-349ページ、1966年)です。

この報告によりますと、今から約25,000年前に、指宿北東の鹿児島湾からから噴出した、大規模な高温火砕流の堆積物が「メサ」地形を残したようです。海底にある噴出場所を、最近は「阿多北カルデラ」と言っています。

推定噴火口の位置(527KB)

阿多火砕流の噴出推定位置(鹿児島湾内の黒い丸)




この火山活動は、軽石の降下、多数の小規模な低温火砕流、大規模な高温火砕流の順序で起こりました。この火砕流堆積物は、薩摩・大隅両半島に広く分布し、その総量は30km3、またはそれ以上だそうです。

以下が現在の地質断面図です。3地区の断面図が示してあり、地表面付近の黒い部分が阿多の火砕流です。この火砕流は高温のため、シラスにはならず溶結して固い石になったもの(溶結凝灰岩)が多いそうです。山の斜面以外ではほぼ水平に堆積して、固く溶結し、その後の浸食作用を受けにくいため、台地のような地形として残ったと考えられます。

地質断面図(567KB)

鹿児島県の地質断面図(黒色部が阿多火砕流物)




私が眺めた平らな山は、「1」の地質断面図の左側の黒い所です。この断面図から、鹿児島県の南部には「メサ」地形が多いことがわかかります。

鹿児島湾から高温の火砕流が噴き出してきて、山野を覆ったら、生物は死に絶えることでしょう。火砕流は一般的に100℃~700℃ですが、1000℃を超えるものもあります。低温の火砕流は時速360kmを超えることもあり、被害が大きくなる可能性が高いそうです。規模の大きな火山噴火が始まったら、早く遠くに逃げるが勝ちです。


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大隅半島にもある埋没鳥居

東日本大震災の後、各地の火山活動が活発になってきたようです。鹿児島には活火山が多く、国内で最も火山活動が激しい桜島があります。今後の桜島の活動が注目されるゆえんです。

自然災害の恐ろしさは、時間の経過とともに忘れやすいものです。後世への警鐘のために、何らかの見える形で災害の爪跡を残すことは大切であると思います。津波の被害を繰り返し受けてきた三陸地方には、津波の到達点に石碑を建てて、後世の人に注意を促している所があるそうです。
2011年の大津波の到達点は、約1000年前の大津波の到達点とほぼ同じだそうです。1000年後のために、今回の大津波の到達点にも、石碑を建ててほしいものです。

テレビを観ていたら、大正3(1914)年の桜島の大噴火時における降灰量を調べるために、降灰の堆積厚さを書いた石碑を探している人がいることを知りました。その番組で、異常な降灰量の記録を後世に残そうとした人が、大隅の各地にいたことが分かりました。

桜島の大正噴火のすざましさを伝えるものとして、黒神地区にあった「腹五社(はらごしゃ)神社」の埋没鳥居が有名です。もともと高さが3mであった鳥居が、今は上部の約1mを地上に見せています。その下は、噴火後1日で、軽石や火山灰に埋め尽くされたそうです。

桜島の埋没鳥居
写真 桜島の黒神地区にある埋没鳥居


桜島の東側を走る県道26号線から見た桜島の荒涼とした景色は、山体の規模が大きいだけに、恐ろしさを感じました。

桜島
写真 東側から見た桜島


もう一つ、大隅側にも埋没鳥居があると知り、行ってきました。

垂水市にある牛根麓稲荷神社の埋没鳥居です。個人所有の敷地内にあったので、最近までは一般には知られていませんでした。鹿児島県により2011年に展望広場、遊歩道、駐車場などの周辺整備が行われ、2012年に垂水市天然記念物に指定されて、一般公開されるようになりました。

その場所は国道220号線から近いですが、国道からの入り口がわかりにくいです。「道の駅湯っ足り館」の西側800mの国道沿いにコンビニの「Yショップ榊」があります。その向かいにある細い道に入り、山側に向かって進み、突き当りを左折して200mくらい進んで右折すると、更に細い道になり、すぐに車が10台くらい停められる駐車場が左手に見えます。駐車場からは見えませんが、その向かいの斜面の上に埋没鳥居があります。

牛根の埋没鳥居の駐車場
写真 駐車場(前の斜面の上部に埋没鳥居があります)


駐車場横の細い道の登り口に説明板があり、そこから数分間、狭い遊歩道を登って行くと、埋没鳥居があります。

高さが約3.7mあった鳥居が、大正の大噴火で噴出した火山灰・軽石で完全に埋まったそうです。現在は約1.45mまで掘り出され、鳥居の上部を見ることができます。急な斜面にあるにもかかわらず、鳥居が完全に火山噴出物に埋まったのが驚きです。なお、説明板によりますと、この辺りの平地には降石灰が90cm~120cm堆積したそうです。

牛根の埋没鳥居
写真 牛根麓稲荷神社の埋没鳥居


火山灰は急冷されて反応性に富むガラス質になりやすいので、堆積後に水和反応して固結することがあるので、そのような場合は、堆積物を容易には掘ったり崩したりできないはずです。もしそうであれば、鳥居を1.45mまで掘り出すのも大変な作業であったはずです。

鳥居の少し上に小さなお社(稲荷神社)があります。

牛根の稲荷神社
写真 稲荷神社


この場所は急な斜面の高所にあるので、錦江湾と桜島と集落がよく見えて、眺めが良いです。

牛根の稲荷神社展望広場からの眺め
写真 遊歩道からの眺め


今後は、ここへの訪問者も増えて、桜島の大正大噴火のすさまじさを後世に伝え続けていくことでしょう。


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増毛(ハゲ予防)に「頭皮マッサージと脱シャンプー」

私は50歳代の後半から、急激に髪の毛が薄くなってきたように感じました。
今のうちに、ハゲないようになんとかしようと思い、スプレー式の育毛剤を使い始めました。高価な物ではなかったが、何種類かを10年近く使いました。安物を使ったことも原因でしょうが、目に見えるような効果はありませんでした。

最近、育毛剤より効果がありそうな2つの方法を知り、試みてみました。結論を出すには実施期間が短いですが、2つの方法と体験を簡単にご紹介します。

それらの方法のポイントを以下に示します。両者に関する本には具体的な手法や、人による事情を考慮したヴァリエーション、注意すべきことなどが詳しく書かれています。なお、ネット情報では、人によっては皮膚炎などの支障が出ることがあるようです。

1.髪様シャンプー
理容師、美容師の板羽忠徳氏が提案された頭皮マッサージによる増毛法です。

板羽忠徳氏と著書
板羽忠徳氏と著書(“私が証拠“と言うような髪の多さです)


これは、シャンプー時にゴシゴシと頭皮を擦る方法ではなく、指先と指の腹の間の「指頭」の部分を頭皮に密着させて、擦らずに、その指を付けたまま頭皮を動かしてマッサージするというやり方です。なお、シャンプーが頭皮に残るとよくないので、しっかりと丁寧にすすぐことが大切です。

この方法で、次の効果が出て、頭髪が増えるそうです。
1.擦らないので、新生毛が抜けない。
2.頭皮を動かして血行を促進し、髪の毛に栄養を与える。

板羽氏の本によりますと、ホボバオイルやクレンジングオイルを頭皮に塗ると、ハゲの原因の一つである毛穴に詰まった古い脂や汚れを浮きださせて、綺麗に落とすことができ、しかも頭皮から脂を取り過ぎない効果もあります。

薄毛の予防に、大事な新生毛を抜かないようにする、頭皮の血行を促すと良い効果がでることは理解できます。しかし、決められたやり方での頭皮マッサージは結構疲れる動作で、覚悟と忍耐強さが必要になると思いました。

2.脱シャンプー
医師の宇津木龍一氏が提案されたシャンプーを使わない増毛法です。

シャンプーに含まれる界面活性剤や殺菌剤は、頭皮、毛根、毛髪には有害であるということを根拠にしています。すなわち、シャンプーを使うことにより、頭の皮脂がすっかり洗い落とされ、それにより皮脂腺が発達しすぎて、毛に供給されるはずの栄養の多くが皮脂腺へといってしまい、髪が十分に成長できなくなるということです。

そこで、育毛には有害なシャンプーを使わずに、以下のようにすると、丈夫な頭髪が増えるそうです。
1.洗髪前にブラッシングする。
2.34〜35℃の“ぬるま水“(宇津木医師の表現)で洗髪する。
3.頭皮を指の腹で軽く、豆腐や産毛を撫でるように洗う。

34〜35℃の水で皮脂は洗い流せるそうです。この方法を続けると、皮脂の量が徐々に減るので、最終的には4~5日に1回の水洗髪にすると、コシやハリのある太くて丈夫な髪になるとのことです。

また、殺菌作用があるシャンプーを使わないため、頭皮に棲んでいて、他の細菌やカビの侵入を防ぐ常在菌が死滅しないで活動するので、頭皮が清潔になり、臭わなくなるそうです。

脱シャンプー本
宇津木医師の著書


私もこの方法を、少し変更して実践し始めました。
増毛と臭気予防には、シャンプーを付けずに頭皮を擦らないようにして洗髪することがポイントであるので、実行しやすいと思いました。私の場合、シャンプーを全く使わないと、頭皮と髪の毛のベタツキが気になりましたので、宇津木医師もヴァリエーションとして許容されている、少量のシャンプーで髪の毛を軽く洗うことにしました。その時は地肌にシャンプーを擦り付けないようにし、その後にシャンプーを十分に洗い流すことを心がけています。

少量のシャンプーを使っても、髪の毛に油脂が残るため、整髪剤がなくても、髪が整い、寝癖やカールも少なくなりました。2ヶ月くらい続けたら、側頭部の髪の毛が少し増えたような気がしました。私は、当面この方法を続けて、最終的には脱シャンプーを目指すことにしています。

シャンプーが髪の成長に有害であること、常在菌が頭皮を清潔にして臭気を抑制することなどは、私には初めて知る意外な情報でした。

なお、宇津木医師は、脱シャンプー法を3年間続けたら、髪が増えたと実感されたそうです。肌の健康のために、脱石鹸、脱化粧品も勧めておられます。


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大隅半島は「建国神話の始まりの聖地」(3)

同じタイトルの(2)で、私は以下のように書きました。
「神話に関する伝承話が、関連の旧跡がある地元には伝わっているはずです。神々が活き活きと甦ってくるような伝承話を掘り起こして、後世に伝えていただきたい。もし、そのような話をまとめた資料があれば是非読んでみたいものです。」

大きな図書館には、大隅の建国神話の伝承話の資料があるかもしれないと思い、鹿屋市立図書館に探しに行ってきました。

市立図書館
写真 鹿屋市立図書館


入り口に「郷土・事典コーナー」と書かれた部屋に、大隅史談会の会報「大隅」が並んでいました。

郷土コーナー
写真 郷土・事典コーナーと大隅史談会の会報「大隅」が並ぶ書架


書架に置かれていたこの会報を順次めくりました。残念ながら、創刊号から29号までは飛び飛びに欠本がありました。
1959年発行の第5号に、「伝説研究」として4編の報告があり、その中に長崎貞治氏が書かれた「吾平地方の伝説」がありました。

大隅5号
写真 大隅史談会の会報「大隅」第5号


それには以下の6つ伝説があり、(一)と(二)の3つの文章が建国神話に関するものでした。これを見つけた時には、うれしかったです。

(一)飴屋敷
  ○うがや不合尊の御誕生
  ○飴屋敷の老婆
(二)玉依媛尊とガラッパどん
(三)ジヤの行けジヤの穴
(四)権現島の鬼火
(五)夜鳴の名刀

「(一)飴屋敷」の2つの話の概要は知っていましたが、書かれていた伝説には、神様の話し言葉に態度や感情の説明が加わり、童話のようにわかりやすく、話の情景が芝居のように目の前に浮かんできました。

「(二)玉依媛尊とガラッパどん」は初めて知った話で、要旨は以下のとおりです。神武天皇の母君の玉依媛が幼い皇子(御幼名は狭野尊)を連れて川で洗濯をされていたら、皇子が川に落ちて無数の河童にとりつかれました。母君が川に飛び込まれて、懐剣で河童を斬って追い払い、皇子を救ったという内容です。今も河童の手形のような文様が肝属川の川淵にあり、伝説と符合していると書いてありました。
玉依媛の気丈な性格とともに、子供に対して川には危険があるという教えを、この話に込めているのでありましょう。

(三)(四)(五)は、いずれも吾平町に残る中世の伝説です。

今回は、郷土史の会報「大隅」に記録されていた、吾平町に残る建国神話に関する伝承話を知りました。後世に末永く伝えたい貴重な資料で、執筆者に感謝しました。
吾平町以外にも、このような建国神話に関する伝説があるはずです。ご存じの方がおられましたら、教えてください。


大隅史談会誌「大隅」には、興味深い建国神話についての論考がいくつかありました。中でも松下高明氏の報告は、説得力のある専門的な内容であり、啓発されるところが大でした。

1979年発行の第21号には、北園博氏が書かれた「神武天皇御祭航地柏原と大和の地名」(筆者注:祭航は発航の誤植か?)があり、大隅には大和と同じ地名が多いこと(71ヶ所)が示されていました。

大隅21号
写真 大隅史談会の会報「大隅」第21号


安本美典氏は、『言語学の分野で、しばしば、地名は、「言語の化石」といわれる。ふつうのことばにくらべ、地名は、ずっと歳月による風化をうけにくい。』として、「邪馬台国見聞録」や「邪馬台国への道」で地名を神話と史実のつながりを求める手がかりにされています。上記の北園博氏の報告もその観点から重要であると思いました。

今回の件で、1951年から続く大隅史談会の活動に、あらためて敬意を表した次第です


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