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壺畑と桜島の絶景を楽しめる「黒酢レストラン」

健康食ブームのためなのか、黒酢が有名になり、売上が伸びているようです。


1.黒酢の由来
今や「くろず」は地域ブランドになり、大隅半島に属する霧島市福山町は、その産地のメッカとなりました。他の産地の商品より高価になりました。地域ブランドになると、その地域の同業者がうるおい、「地域おこし」の効果たるや絶大です。

坂元の“くろず「壺畑」情報館”に行き、この地域ブランド化に立役者がいたことを知りました。

その功労者の誕生を手短に書きますと。自分の代で壺酢造りを廃業すると決めた社長は、息子に別の道を歩ませました。その息子である坂元昭夫氏は、大きな病院の近くで薬局を開業します。病院の患者に、父が造った壺酢の飲用を勧めたら、患者から治りにくい病気に壺酢が有効であることを伝えられたことを契機に、壺酢の成分と薬効を調べ、さらに壺酢を「くろず(黒酢)」と命名して差別化し、黒酢ブームの発端をつくりました。説明パネルを写真にして張り付けたら、文字が不鮮明になりましたが、以下に2枚をご参考までに示します。

くろず発祥
黒酢の発祥(くろず「壺畑」情報館のパネル)


屋外に置いた壺が黒酢の「製造工場」です。驚いたのは、“一つの壺”の中で、異なる微生物が作用して、3種類の反応(糖化、アルコール発酵、酢酸発酵)が連続的に起きることです。これは福山の原材料と自然条件の組み合わせでのみ生じ、江戸時代後期から200年間続いている製法です。他場所では壺作りの黒酢はできないそうです。

くろず製法
黒酢の製法(くろず「壺畑」情報館のパネル)


なお、黒酢の効能には、抗酸化力、ダイエット、血圧を下げる、疲労回復、血液サラサラ、美肌と美容、動脈硬化の予防、骨粗鬆症の予防などがあると言われています。



2.黒酢レストランと壺畑
福山には、黒酢メーカーが経営しているレストランが2つあります。いずれも、黒酢関連商品の販売、黒酢造りの情報展示、レストラン営業、黒酢を製造中の壺畑の公開をしています。海岸通り(日向街道、220号線)を車で走ると、両レストランに通じる道の入り口とその手前に、大きな案内看板があります。

① 坂元醸造「くろずレストラン壺畑」
案内表示に従って坂道を登ると、モダンなデザインの入口があります。


「くろず壺畑」の所在地の地図


そこは情報館であり、階段を降りると、天井の高い大きな空間に、黒酢関連商品の販売と、黒酢造りに関する情報が書かれたパネル展示とビデオ放映がなされています。パネルの情報は簡潔で分かりやすく、黒酢に関する知識を得るのに役立ちます。

壺畑の情報館
「くろず壺畑」の情報館


情報館を通り抜けて外に出ると、壺が整然と並べられた壺畑とレストランがあります。天井の高いレストランに入ると東側は大きなガラス張りになっていて、壺畑と背景の鹿児島湾と桜島が眺めが素晴らしいです。レストランの周囲にある歩廊からも壺畑が見学できます。

「くろず壺畑」のレストラン
「くろず壺畑」のレストラン


「くろず壺畑」から桜島の眺め
「くろず壺畑」の壺畑からの桜島の眺め


開店直後のレストランに入り、外の景色を眺めながら、デザートの「くろずドリンクセット」(800円)をいただき、ドライブ疲れをいやしました。

壺畑のデザートとメニュー
くろずドリンクセットとメニュー


② 黒酢本舗「桷志田(かくいだ)」
海岸通りから近い所にあります。


「桷志田」の所在地の地図


入り口を入ると広い売店があり、入り口からすぐ右に行くと壺畑に出ます。壺畑の中にある道を歩いて回ることができます。二階はレストランで、壺畑のほぼ全景が見えます。鹿児島湾(地元の人は錦江湾と言う)と桜島の眺めも良いです。

桷志田ショップ
「桷志田」


「桷志田」のレストランとそこからからの眺め
「桷志田」のレストランとそこからの眺め


「桷志田」から桜島の眺め
「桷志田」の壺畑からの桜島の眺め



2つの黒酢レストランに来て、多くの人が感動するのは、屋外に整然と並べられている無数の壺(壺畑)です。これが黒酢の製造工場です。しかも、背景には鹿児島湾に浮かぶ雄大な桜島があります。この工場は背景ともマッチしています。福山は実に珍しい景勝地でもあります。

知人が鹿児島に来たら、福山の黒酢レストランに連れて行くと、喜んでもらえることうけ合いです。


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「鍛えぬ口」は災いのもと

年齢を重ねると、口の筋肉も鍛える必要があるとは、思いもよらなかったことでした。


1.かすれ声に


会社を定年退職して、一人で過ごす時間が増えてしばらくしてから、人前で話す機会ができました。そこで、事前に一人で話す練習をしてみたら、声がかすれて、大きな声にならないことに気付きました。

それまでは、声が大きすぎると、家族から注意されることが多かったのです。

慌てて、他人にわかりにくい所で発声練習をしました。散歩中や自転車をこぎながら、人がいない所で「エイエイヤー」とか「あいうえお…」と大きな声を出すことを心がけました。そのうち、かすれ声がなくなり、元通りの声になりました。

このことから、使わない筋肉は、部位を問わず、急速に衰えることを体験しました。特に一人暮らしや入院などで、人と話す機会が少なくなったら、特に注意が必要です。


2.誤えん、睡眠時無呼吸症候群、リウマチなど万病に


① カンタン舌体操の「ベロは宝」


私は食事中に、微量の飲食物が気管支に入り、咳き込むことがよくありました。この誤えん(誤嚥)は、せっかちな性格が原因であると思っていましたが、たまたま観たNHKの「ためしてガッテン」で、その原因を知りました。



カンタン舌体操
写真 舌を見て100%危ない病気を見抜く法(ためしてガッテン)



その番組では、舌の筋力低下により、舌の位置が下がる「低位舌」(ていいぜつ)」になると、睡眠時無呼吸症候群、口呼吸、歯周病、誤えん性肺炎の原因になり、その予防には「カンタン舌体操」が有効だと紹介されていました。

「カンタン舌体操」とは、NHKのホームページから引用しますと

「ベロは宝」。実はこれ、口に出してみるとすごいことが起こる魔法の言葉。舌の筋力がアップするトレーニングなんです。

ひとつひとつの文字にはちゃんと意味があります。
「べ」は思いっきり舌を真下に突き出して発音してください。出したり戻したりすることで、舌の位置を高く持ちあげる筋肉を鍛えられます。
「ろ」と「ら」は舌をなめらかに動かすための訓練。
「た」と「か」は舌先そして舌の奥を強く上あごに押しつけて発音するため、食べ物をのどの奥に送る筋肉を鍛えます。
この言葉を1日20回繰り返します。(声は出しても出さなくてもOKです)



近所に、誤えん性肺炎で高熱が出て、何回か救急車で病院に運ばれたご老人がいまして、散歩中に会ったら、誤えん予防のために、いくつかの言葉を唱えて、口の中の筋肉が衰えないようにしていると話してくれました。
私も、「ベロは宝」をよく唱えています。そのためか、誤えんがなくなりました。


② あいうべ体操


もう一つ、これもNHKの番組である「あさイチ」を観て、知ったことです。「あいうべ体操でインフルエンザ予防」という特集でした。

「あいうべ体操」とは「口呼吸を鼻呼吸に治す体操」のことです。鼻呼吸をすることでインフルエンザが感染するリスクを減らすそうです。福岡県の小学校では6年前にこの体操をはじめてから、インフルエンザの罹患率が37.5%から7.2%に下がったそうです。

この「あいうべ体操」は「みらいクリニック」の今井 一彰医師が提唱されました。「みらいクリニック」のホームページに、口呼吸の問題と体操のやりかたが以下のように書かれています。


私は「リウマチの患者さんは口臭が強い。しかも炎症がひどくなるほど強くなる」という発見から、口呼吸の健康被害に注目しました。口呼吸によって口腔内に雑菌が繁殖しやすくなると、当然、口臭も強くなる。それと同時に、免疫系の働きも大きく阻害されるので、炎症も悪化していくと考えられます。

口呼吸の改善は、あらゆる病気の原因治療につながります。そのため、「あいうべ体操」をしっかり継続している人は、自然に鼻で呼吸ができるようになり、症状もおもしろいように改善していきます。
                                                                                                                                                                  「あいうべ体操」のやりかた 
次の4つの動作を順にくり返します。声は出しても出さなくてもかまいません。
 ①「あー」と口を大きく開く
 ②「いー」と口を大きく横に広げる
 ③「うー」と口を強く前に突き出す
 ④「ベー」と舌を突き出して下に伸ばす
 ①~④を1セットとし、1日30セットを目安に毎日続ける



あいうべ体操
写真 あいうべ体操(みらいクリニックのホームページより)



本人には気付きにくい「口呼吸」は、多くの病気の原因にもなることを知りました。口の筋肉を鍛えないと、「口は災いのもと」になるのですね。

その災いの予防のために、車の運転中やウォーキング中などに、私は「ベロは宝」や「あいうべ」を発声することを心がけています。




テーマ: 医療・病気・治療 | ジャンル: 心と身体

大人も子供も楽しめる「内之浦宇宙観測所」

一般には「内之浦ロケット発射基地」と呼ばれている宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「内之浦宇宙空間観測所」は、大隅半島の東端部に近い太平洋に面した海岸の山中にあります。以前の町名は内之浦町でしたが、2005年7月1日に高山(こうやま)町と合併して肝付(きもつき)町となりました。

「内之浦宇宙空間観測所」は、1970(昭和45)年にわが国初の人工衛星「おおすみ」を宇宙に送ったことで知られています。その後も、科学観測のためのロケットおよび衛星・探査機の打上げやデータ取得を行い、30個近くの衛星・探査機を宇宙に送り出してきました。

小惑星「イトカワ」表面から微粒子を採取した小惑星探査機「はやぶさ」も、ここから打上げられました。地球と60億キロ離れた小惑星との往復ミッションをこなし、数々のトラブルを乗り越えて無事帰還した「はやぶさ」の感動的な話は、4本の映画にもなりました。

なお、同じ鹿児島県にある「種子島宇宙センター」では、実用ロケットを打ち上げています。

ロケット発射基地は平坦な場所にあると考えがちですが、ここは丘というか山というか、起伏の激しい地形です。
ロケット発射実験場を建設するために、太平洋側の全国を歩き回り、この地を選定したのは、ペンシルロケットの開発・実験で有名で、日本の宇宙開発の父と言われる糸川英夫博士です。

以下に示す資料「糸川英夫の軌跡」によりますと、

山頂を削って台地とし、そこから出た土で道路を作るという、奇想天外な構想


でした。この観測所内の各施設に通じる道の分岐点に、糸川博士の銅像があります。


糸川英夫資料

糸川英夫の軌跡(観測所の門衛所でいただいた資料)

上記の資料「糸川英夫の軌跡」の発行場所(右下)を見ていただければ分かりますが、糸川博士は今でも地元の人々に慕われています。この資料から引用しますと、

糸川は、宇宙開発に奔走する一方で、観測所の整備とともに地元の発展を常に考えていた。ロケット輸送に陸路を使用していたのは道路整備が進むことを、実験班宿舎を建設しなかったのも地元が潤うことを期待してのことだった。事実、それまで「陸の孤島」と呼ばれていた未舗装だった道路は拡幅・舗装され、民宿や飲食店が新たに営まれるようになった。

世界でも、内之浦ほど住民との交流が深い発射基地はない。


内之浦住民の糸川の構想への理解と協力にも頭が下がります。

鹿屋市に海上自衛隊「鹿屋航空基地」や国立ハンセン病療養所「星塚敬愛園」を誘致した永田良吉は、大隅の活性化と発展のために、景気や時代環境により閉鎖しやすい民間企業より、永続性のある「国の施設」の誘致に力を入れました。その考えが正しかったことが、内之浦の「内之浦宇宙空間観測所」でも裏付けられていると思います。

固い内容の前置きが長くなりましたが、ここが子供も大人も「楽しめる施設」である一端を、以下にご紹介します。


観測所入場口にある門衛所で受付をすれば、分散している施設のほとんどが見学できます。最初、どこも重要施設であるため近寄れないだろうと思いましたが、意外にも、以下の施設配置図に番号が付けてある場所を車で回れます。屋外に展示されているロケットを手で触れることもでき、施設にもかなり近寄れます。

内之浦JAXA配置図

施設配置図

パラボラアンテナやロケット発射装置などの施設だけでなく、屋外に展示してあるロケットも大きくて、それらを見ると、日常とは違う”異空間”に来たような気分になります。起伏が激しい地形であるため、施設巡りが探検旅行のようにも思えて、各場所では色々な景色が楽しめます。

ロケットと発射台

屋外展示ロケットと発射装置

最も高い「衛星ヶ丘(ほしがおか)展望台」からは、施設の全景と太平洋が見渡せます。天気が良い日には、種子島や屋久島が遠望できるそうです。帰りの坂道から見える内之浦湾の景色も素晴らしいです。

衛星ヶ丘展望台からの眺め

衛星ヶ丘展望台からの眺め

観測所入場口の近くにある「宇宙科学資料館」には衛星や各種装置の実物や模型がたくさん展示されていて、宇宙マニア・宇宙好きには見逃せない場所です。

無料で、施設見学と絶景見物ができる「内之浦宇宙空間観測所」は、子供も大人も楽しめる宇宙科学博物館でもあり、観光名所でもあります。

また、街中の料理店では、内之浦湾で獲れた新鮮な魚介類を調理して出しています。その美味も忘れられません。






テーマ: 鹿児島 | ジャンル: 地域情報

私の熟睡対策は「真向法体操」

私が「真向法体操」に興味を持ったのは、その由来を知ったことです。

その由来を、主にホームページ「依田智治の危機管理教室」の「依田智治の真向法教室」から引用しますと、以下のようになります。

『真向法の創始者・長井津氏が42歳の時に脳溢血で倒れて、医者から不治を宣告されます。悲嘆に暮れるなか、生家の勝鬘寺にあったお経の勝鬘経(しょうまんきょう)を熱心に読み進めました。

「勝鬘及一家眷属頭面接足礼」の文字が目に留まり、お釈迦様を心から敬って行う「頭面接足礼」とはどういう礼かを研究する中から、仏像の姿や赤ちゃんの自然に座る姿に思い至り、それが、今日の、「真向法第一体操」の発見に繋がったと言われております。

同様に、経典の中にあった「五体投地礼」という礼を研究し、これが、「真向法第二体操」の発見に繋がったといわれています。

何より奇跡は、長井先生が、毎日、「頭面接足礼」と「五体投地礼」の礼拝を、心を込めて仏前で実行しているうちに、何時しか、左半身不随の症状はすっかり消え失せ健康な身体に戻ったということです。』


現在、真向法体操は4種類の動作からなります。
真向法体操


依田智治氏のすばらしい実技を、以下の写真(ホームページから)で御覧ください。
真向法体操実技


私は、30年間、自己流で断続的に、真向法体操の真似をしてきました。恥ずかしながら、いまだに上記の写真のような動作ができず、始めた時と同じ体がかたいままで、進歩がありません。

なぜ、私が自己流の真向法体操を実施してきたかといいますと、3分間ぐらいの短時間の体操で、熟睡できる効果があるためです。そのため、寝床につく時刻が遅くなった時には、実施してきました。真向法体操は、神経が集まっている背骨の運動になる(背骨が引っ張られる感じがする)ために、熟睡しやすくなるのだろうと、勝手に理屈をつけています。

仏典の礼法をヒントに生み出された真向法体操には、体調不良、腰痛、肩こり、血液循環の改善、歪んだ骨盤や姿勢を整え心身をリフレッシュする効果があるそうです。

熟睡効果だけでなく、その他の効果も期待して、今後は真向法教室に参加して、指導者から本格的に学びたいと思い、最近は関連情報を探しています。



大隅半島は「建国神話の始まりの聖地」(2)

前回、ご紹介しましたように、大隅半島には、記紀に書かれている建国神話の初期の旧跡や関連神社がたくさんあります。それらを巡って歩くと、頭の中で当時の神々のストーリーや生活が彷彿としてきます。

いったい、最古の長編小説である源氏物語より約300年前に、記紀のような話を創作できた人がいたのでしょうか。私は、日本神話は実際の歴史上のできごとが核となって、説話や想像などが付加されて伝承されたものであると思っています。

しかし、現在、記紀は皇室の権威付けのための作られたフィクションであるとか、古事記に記載されている神武天皇の寿命が137歳、孝安天皇の寿命が123歳、崇神天皇の寿命が168歳であるのが間違いの大きな根拠とされて、応神天皇以前の神代史が否定される傾向にあります。まことに残念なことです。

歴史研究者の間では主流派ではありませんが、安本美典氏によりますと、古代には1年を2歳と数えるような数え方があったようです。
川崎貴一氏の論考(歴史通 2015 November)からの孫引きですが、安本氏は天皇のお年が、《 「二倍」になっている理由について、次のように考えている。『「古事記」には、十三人の天皇がなくなられた日が記されている。ふしぎなことに、ひとりのこらず、月の十五日以内になくなられている。このようなことが偶然におきる確率はきわめて小さい。計算してみると、一〇〇〇回のうち、〇.五回以下である』 そして、「仮説」と明記して、次のように推測する。『半月をもって一ヶ月と数えていたという仮説である。すなわち、月が完全に満ちるまでを一ヶ月とし、ついで、月が完全に欠けるまでを、一ヶ月としていたのではないかと思うのである』 『半月を一ヶ月と数えていたと考えるならば、天皇のお年が、二倍になっていることを説明できると同時に、天皇のなくなられた日について、確率的にきわめて起こりにくいことが起こっていることを、うまく説明できる』 》

さらに、安本氏は、数理・統計学的手法により、神武天皇と天照大神の活躍の年代を推定し、卑弥呼が天照大神であるという仮説を出しています。このような合理的で説得力のあるアプローチにより、将来、神話が史実として甦ることを私は期待しています。


安本美典著作
安本美典氏の著作の一部


神話学の巨匠と呼ばれたジョーゼフ・キャンベルによりますと、神話には4つの機能があるそうです。すなわち、私なりの理解の表現も加えると、第一に神秘的な役割(あらゆる物象の底にある神秘の認識への導き)、第二に科学が関わる未知への神秘の付与、第三に社会的な機能(社会秩序を支え、それに妥当性を付与)、第四に教育的な機能(人間らしく生きる教え)。
神話をこのような視点から見直し、その価値を認めることは大切であると思います。


神話の力
ジョーゼフ・キャンベル他著「神話の力」


現在、私の周りを見渡しても、神話の機能を教えてくれる教師や、地域の指導者はいません。ところが、私の祖父の時代は今とは違って、小学校の遠足の時には、神武天皇のご誕生伝説地などに行って、教師から関連する話を聴いて、子供たちは想像力を膨らませて、自然に情操教育もなされていたようです。


神武天皇関連遺跡
神武天皇関連伝説地


大隅に来て日が浅いためか、私は大隅で神話の神々を称える祭を見聞きしたことがありません。昔は祭がたくさんあったはずですが、無くなったのでしょうか。そうだとすれば、残念なことです。祭には、地域の文化や伝統を後世に伝える重要な機能があります。今後も気をつけて関連情報を集めたいです。
その点、宮崎県には、神話に関わる祭が多く、伝統文化を大切にする風土があるように思います。

また、神話に関する伝承話が、関連の旧跡がある地元には伝わっているはずです。神々が活き活きと甦ってくるような伝承話を掘り起こして、後世に伝えていただきたいです。もし、すでにそのような資料があれば是非読んでみたいです。

さらに、大隅に来て、先人の功績を伝える博物館などが無いことにも驚きました。郷土の尊敬できる先人を介して、郷土愛が強まり、人々の結束が広がり、人物を育てます。薩摩の明治の偉人達や山口県萩の吉田松陰を思い浮かべれば、分かることです。
偉人を想起させる事蹟は、そうでない景色や物と違って、何度見ても頭の中で想像力が喚起されて膨らみ、飽きの来ない観光資源や心の琴線に触れる教育資源になります。木造の小さな家にすぎない「松下村塾」がまさにその見本です。


明治3元勲誕生地石碑
西郷隆盛・大山巌・東郷平八郎の誕生地


建国神話の神々も、きっとそのような想像力をかきたててくれるはずです。そのためにも、大隅の神話に関わる祭を復活させ、地元に伝わる神話の神々の話を掘り起こし、さらに郷土の偉人を顕彰して、後世に伝えていただきたいと願っています。


5柱の神々
大川内神社に祀られる神々



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